東下り広蓋

古くから霊山として崇拝され、2013年6月には世界文化遺産に登録された富士山。展示の作品では、馬上より富士を仰ぐ在原業平と従者の様子が描かれています。
これは『伊勢物語』第9段、東下りの著名な下記の一節を意匠化したもので、絵画のみならず工芸品にも多く用いられる場面です。

「富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪のふるらん」

【時節というものを知らない山は、この富士の山なのだ いったい今がいつだと思って、鹿の子にまだら模様に雪が降るのだろうか】

他の段では都への想いや、妻への歌が詠まれているのに対し、ここでは情景を歌っていることから、初めて見る富士山の大きさに驚嘆していることがわかります。
『伊勢物語』の雅やかで抒情に満ちた世界を表現するにあたり、繊細かつ変化に富んだ技巧である蒔絵は効果的なものでした。
螺鈿細工によって遠くに見える富士の曲線や、蒔絵によって業平の表情が、また切金などで装飾された衣装一つ一つが丁寧に作りこまれ、
金と漆黒の中で見事にその世界観が表現されています。